権力の手先となり、政権批判無きマスコミ
極一部のメディアとジャーナリストは、本来の仕事である政権批判をしている。
しかし、大新聞やテレビは、相変わらず、権力の下僕となって、提灯記事や世論誘導をしている。
麻生太郎が総理でいることに対し、どのような批判をしただろうか?
一国の総理大臣の悪口を言っては失礼だの、批判すべきではないだのと、まるで戦前の如きである。
大本営発表は、いまも続いている。これはNHKのみならず、読売、産経といったメディアが権力と癒着しているからである。
字が読めないのではない。
意味が理解できない麻生が、総理でいることが脅威である。そのことは国民全てが感じている。
マスコミも、そう思っているだろう。しかし、政権批判はしない。なぜだろう?
考えられることは、3つある。
1つは、権力の脅しに屈している。
2つは、権力に媚びることが、経営者の利益になる。
3つは、ジャーナリズムの看板は、羊頭狗肉。
政府は、放送法や新聞の再販制度などを使って、テレビ局や新聞社を脅し、政権批判をさせないようにしている。
マスコミは、政官財が癒着している日本で政権批判をすれば、広告などの注文が減り、利益を損なう。
既に、社会の木鐸は死語となっている。ジャーナリズムは看板のみ。中身は、政府広報である。
反論があるのなら、麻生自公党批判をしてみろ。
昔のバカ殿じゃあるまいし、お守りがいるようなものを総理にしているとは、とても民主国家とは思えない。それに、お守りをする側近にもお守りが必要という体たらくだ。
こんな連中が政権を私物化していることを、マスコミは何と考えているのか。
麻生がアホな発言をして国益を損ない、毎日、墓穴を掘り続けているのに、マスコミは麻生の心配をするだけで、国民の困窮に目が向かない。
国民を見ないマスコミって、なんだろう?
選挙より景気対策と言いながら、適切な手を打とうとしない麻生自公党を批判しないマスコミ。
百年に一度という未曾有の経済危機と言いながら、有効な景気対策をしないのなら、解散総選挙をして民意を問うべきだ、と主張できないマスコミ。
政治空白を作ってはならない、と言うが、漢字の意味も理解できない能無しで、実行力の無い麻生自公党が政権に居座っていることが、政治を空白にしている、と、なぜマスコミは言わないのか。
国民が困っている現状を、なぜ報道しないのか。
麻生自公党が惨敗するから、選挙をしないというのは、民主主義に反すると、なぜ言わないのか。
解散総選挙の予想が、麻生自公党が惨敗するというのは、国民が麻生自公党では日本が潰れる。だから下野しろ、ということだと、なぜ言わないのか。
いま解散総選挙の決断ができないのは、政権担当能力が無いからだと、なぜ言わないのか。
政権担当能力のレベルにない麻生自公党が、なぜ政権を握っているのか。それは、麻生自公党が利権を漁ることだけを考え、国民の困窮を無視し、衆議院の解散という義務を果たさないからだ、と言わないのは何故。
議員内閣制だろうが、主権は国民にある。国民が解散せよと言えば、公僕である麻生は解散を宣言しなければならない、とマスコミは主張すべきだろう。
ねじれ国会をスムーズにするには、解散総選挙しかないと、なぜマスコミは主張しないのか。
ジャーナリストの誇りは、どうした。
ジャーナリストの反骨精神は、どうした。
ペンは権力よりも強かったのではないのか。
モラルハザードのマスコミに、社会の木鐸を望むのはムリか。
新自由主義は、ここまで蔓延ってしまったのか。
それでも、麻生太郎に解散を言わせるのは、マスコミの力だと思う。
国民のため、世界の平和のために、麻生太郎に解散を言わせるのは、マスコミの使命だと思う。
頼むよ。


