裁判官・検事・弁護士とのフォーラムが、その2
裁判のテレビ中継の次にやることは、フォーラム。
足利DNA冤罪事件や高知白バイ衝突自損証拠偽造事件など、不可思議な裁判について、法曹三者を呼んで、フォーラム・ディスカッションをする。
説明責任ということが、よく言われるようになった。これは、一部の政治家のみに適用されるだけのものではない。
公務員は税金で生活しているのだから、国民の疑問に対して応える義務がある。
検察・裁判所が、正義を行っているのか、権力を濫用しているのか、最後は、国民が糺すほかない。
裁判は勝負事とは違う。真実の究明がされ、犯罪が証明されれば、相応の罰を科すことが目的である。
真実の解明が最優先されるのは当然である。
しかし、逮捕・起訴したら、有罪にするのが至上命令の検察は、無罪の証明に繋がる証拠は、隠匿する。
捜査権が与えられているのは、真犯人を捕まえ、被害者の無念に少しでも応えるためである。無実の人を、犯人にでっちあげるためではない。
裁判では、証拠は全て公開すべきである。真実を突き止めるには必要なことだ。
また、拷問とも言える長期勾留で得た自白は、証拠としての信用性に大きな疑問がある。
足利DNAや高知の証拠写真、証人の証言をどのように判断したか、担当の裁判官に是非訊きたい。
検察には、証拠をどのようにして入手したか、捏造は無かったかなど、とっても訊きたい。
小沢秘書はなぜ釈放されないのか、その理由を訊きたい。
小沢の企業献金だけ捜査し、自民党の二階経産相・尾身元財務相・森元総理・森田健作など、国民から見ると、真っ黒に思える連中は捜査しない。この相違を明確に説明してもらいたい。
小泉・安倍・福田・麻生と、自公党政権が国民の意思に反して存在してきた。
その結果、国民の生存権が危機的状況となった。
麻生自公党政権は、全く信用が無い。それが、社会不安を増大させている。一刻も早い政権交代で、国民の意思を実現することが渇望される。
信頼の無い麻生自公党政権の存続が、警察・検察・裁判所の不可解な行動に現れているのではないか。
国民のチェックに晒されない権力は恐ろしい。
問答無用で、国民の自由を拘束できるのが、権力である。
議員が国民の意思と乖離した存在として、ただ議員特権に胡坐をかいている現状では、フォーラムが最後の砦になる。
国民の意思を実現する努力をしない議員に、膨大な税金を払い続けている日本国民は、世界の笑いものになっている。
なにも、インフルエンザ騒動だけが、笑いものになっているだけではない。
裁判員制度が、市民感覚を裁判に活かすのが目的の一つなら、その前に、裁判官・検事は、フォーラムに出て、市民の質問に答え、国民の意見を傾聴すべきである。
そうなれば、国民負担の大きい裁判員制度は、不要となり、憲法違反も解消できる。


