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2011年2月27日 (日)

カダフィ と 御カン政権

 リビアで反カダフィのデモに、カダフィ政権は発砲した。
 国民に銃を向ける政府は、存在自体が犯罪である。
 御カン総理は、許されない行動だ、とカダフィ政権を批判した。

 国民に消費税増税という銃を向ける御カンに対し、許されない行動だ、と非難しないマスコミは、カダフィ政権と同様に存在自体が犯罪である。

 主権在民の日本の総理は、国民がノー、と言えば、速やかに椅子を空けるのが当然である。
 選挙公約の中で最も優先されるべき天下り根絶は、無視された。
 取調べの可視化もやる気がない。
 ピンはね奨励の派遣法もそのままだし、米軍基地問題もアメリカの言うなりだ。
 御カン総理は日本国民に犠牲を強いて、アメリカの金持ちに利益を与えるという売国政策を推し進めている。

 日本の総理大臣は、能力や民意には無関係の存在で、単にコロコロ替えては見っとも無いという一点のみの理由でその椅子にしがみついている。
 無免許運転でも運転席に座っている者を替えてはいけない、という馬鹿げた考え方だ。
 そのせいで、けが人や死者が多数でているのに。

 民主党は分裂状態だと言うのに、小沢は挙党一致という。
 挙党一致は、御カン政権の容認である。
 つまり、消費税増税で挙党一致するわけで、カダフィ同様、国民に銃を向ける民主党政権を鮮明にした。
 御カンやイオンの馬鹿に反対するなら、現執行部を首にするための行動を執るべきだ。
 それをしないのは、御カン支持の増税派であり、国民の敵である。

 民主党は、小泉路線の継承を推進している。
 小泉従米売国路線に反対した民主党に投票したのに、選挙後の行動は、民主主義の否定である。
 選挙が、民意の実現に何の役にも立たないことが証明された。
 選挙を意味あるものにしたのは、名古屋である。
 名古屋市長・河村たかしの「減税日本」を応援し、選挙を有意義なものにしよう。
 議員を公僕にするための担保は、いつでも罷免できる権利を確立することだ。

 議員を罷免できることが、主権者である国民の権利である。
 国民の多くが、御カンにレッドカードを突きつけている。
 しかし、御カンは、カダフィと同じで辞めない。
 御カンに辞めなくてもいい、という権利はない。
 民主主義は、即刻御カン総理を首にできる。
 できなければ、リビアと一緒である。
 カダフィを批判した御カンは、直ちに退場するしか選択肢はない。

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2011年2月 7日 (月)

八百長放送

 プロレスと同様に、相撲もショウである。
 ショウに、勝ち負けはない。
 スポーツ放送は、愚民政策。
 スポーツは自分でやって楽しむもの。
 野球もショウであるから、勝ち負けより、観客の喜ぶプレーをしなければ、ファンはいなくなる。
 クリンチばかりのボクシングを見るものはいない。

 八百長で困るのは、賭けをする連中である。
 八百長問題は、野球賭博と同じく、相撲賭博の存在を暗示している。

 マスコミは、政権をバックにしたNHKだけでなく、大企業から金をもらって金持ち特権貴族サイドで、偏向放送を垂れ流している。一種の、八百長放送である。

 マスコミは、国民の知る権利を実現するのが仕事である。
 国民が何を知りたがっているのかを調査し、それに応えなければならない。
 
 名古屋市長に河村たかしがぶっちぎり当選した。
 この事実は、民主党が国民を騙した結果である。
 永田町で蠢く既成政党は、国民の意思を実現する気がない、ことが明確になった。
 御カンは、大企業から金を貰って法人減税し、消費税アップを推進している。
 小泉の金持ち優遇を拒否し、庶民サイドに立つ振りをした民主党が政権を取った。
 しかし、記者クラブはいまだに存続している。
 取調べの可視化も一向に進んでいない。
 自分の取り分はしっかり懐に入れて、財政危機を言う欺瞞。
 議員報酬は、国民の平均所得であるべきだ。
 1千万円以上の所得は、国民の約1割しかいない。
 議員貴族が、1割の金持ち特権貴族のためにしか動かないのは、議員報酬が超高額だからである。
 貴族に庶民のための政治は出来ない。

 エジプトのムバラクは、国民の意思を無視して大統領の権力を行使している。独裁である。
 御カンもムバラク同様、国民の意思を無視して総理の権力を行使している。まさに独裁。

 名古屋の河村市長を独裁者と煽ったマスコミは、なぜ御カンを独裁者と言わない。
 河村は、市民の声を聞き、市民の意思を実現しようとしているから、民主主義である。
 御カンやムバラクとは、全く対極にある。
 マスコミはなぜ、このような事実を報道しないのか。

 放送が八百長なのは、ジャーナリズムのない拝金主義者がマスコミの実態であることを示している。
 政治的有利を得るために、政権と一体になった大本営発表を続ける。
 大企業から金を貰うから、財界批判はしない。
 
 相撲に八百長は付き物。観客が楽しめばそれでいい。誰も真剣勝負とは思っていない。
 しかし、マスコミの八百長は、何とか止めさせなければならない。
 その原動力に、名古屋市民・愛知県民がなろうとしている。
 民意の実現が、マスコミの偏向放送を正す力になる。

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